2014年8月5日火曜日

落語を「読む」ということ

こんにちは、編集部Nです。

冷えたビールがひときわ美味しいこの頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。21回東京国際ブックフェアが終了し、はや1ヶ月が経とうとしています。

本ブログでは創元社社員の「こだわりの一冊」を紹介してまいりましたが、実は、まだ紹介しきれていない、とっておきのインタビュー記事がございます。最後にもう一度、お付き合いいただければ幸いです。

さて、最後の「こだわりの一冊」は、編集部MさんとSさんによる『米朝落語全集 増補改訂版 第八巻』です!




桂米朝著
定価(本体4,500円+税) A5判上製・288頁 20146月刊行

[内容紹介]
人間国宝、文化勲章受章と、いまや落語界を代表する至宝となった桂米朝師。自ら筆を執った『米朝落語全集 全7巻』(198082年)の刊行から33年を経て、新たに追加・発掘された口演記録・音源・資料から内容を増補し、造本・体裁・構成を一新して再編集。各巻に口絵写真、藤原せいけん氏の挿絵を収載し、詳細な索引を付して「調べる」「引ける」にも対応。至高の話芸をきわめた最大規模の全集、上方落語随一の定本にして永久保存版。 第八巻は、「一文笛(生原稿)」「莨道成寺」「淀の鯉」「病牀日記」などの貴重資料と、「小論・随筆」「小咄集」「索引・語釈集」を収載。


インタビュー前日にようやく最終巻が校了となり、米朝全集臨時編集室から無事“生還”を果たしたばかりの2人の声を、たっぷりとお聞きください。

=====================================

――まずは、これまでを振り返ってみていかがでしょうか。

M:とにかく過去にないくらい長いスパンの仕事でしたね。本格的に準備が始まったのは2年前なんですけどね、そこからもうほんとに、こればっかりやってきましたんで。

――最初は、これほど長くかかるとは聞いていませんでした。

M:そうそう。結局そんなに甘い仕事じゃなかったってことですね。旧版の米朝落語全集の全7巻(198082年刊)に、約130の落語が載ってるんですね。それが今回約160に増えたんですけど、その増えた30だけをしっかりつくって、残りの130は下地があるから表記を直すくらいでいいやって、2年前は思っていたんです。おおよそのところは昨年の9月くらいまでに終わらせて、それで米朝全集臨時編集室は閉じて大丈夫だと。

S:うん思ってた。というか、私はそう聞いてた(笑)。

M:ところがですなあ、落語の速記というのはそのときたまたま喋ったものが活字になっているので、言い間違いもあるし、言ってる順番が不適切だったりする。そういうことをスタート時にお弟子さんたちを中心に見てもらったんです。すると旧版の130も新たに速記から見直さないといけないことが分かった。だから、短期勝負で夏の3ヶ月間がんばろかと言っていたのが、実はつい先月まで続いていた。先月というのは4月です()。著者関係者や校正者、その他デザインする方や組版する方にも長期戦を強いることになり、かなり努力していただきました。

S:つい昨日おとといまで……。

M:つい昨日おとといまで。ほんとにねえ、まだ終わった気がしない。もうほとぼり冷めるどころか、頭カンカンで昨日は夜も寝られませんでした。悪夢にしばらくうなされましたよ。「あぁ! 索引のあれが抜けてる!」って。

――恐ろしいですね(笑)。

M:この1年間は本当に濃密な時間でしたし、やりがいのある仕事でしたが、いささかどころか、ほとほと疲れはてました。でも逆に言うとね、旧版を持ってる読者で「買い換えんでいいわ」と思ってる方がいるかもしれないけど、そうじゃないんだと伝えたいです。旧版の130の落語も相当バージョンアップしているし、さらに160のうちの30はまったく初めて全集に載るわけだから。

S:お弟子さんたちも知らないっていう噺が出てきましたから。

M:著者関係者も非常に熱心な方が多くて、落語会で全国をまわる合間に、原稿の束を携えてチェックしてくださるんですよ、決めた締め切りをきちんと守る方々だし。もう徹夜してでも締め切りを守る。

S:素晴らしい志でした。

――今回お2人で編集をされたというのは、いかがでしたか。

M:文楽や歌舞伎などの古典芸能に造詣の深いSさんに入ってもらったことによって、すごく助かった。落語って歌舞伎とか文楽のことが、ものすごい一杯出てくるのよ。これね、私一人でやってたらとんでもないトンチンカンなことになってたと思うよ。

――なるほど。

M:それから、我々がネイティブの関西人であることも大きい。この古い大阪ことばを死語と決めつけずに、落語の世界のなかで生かしていくんだという思い、50年後100年後に生かすんだという思いでやってきたので。しかも芸能はつながっている。落語のなかにしか残っていない歌舞伎の演目もあるんです。ある種、1年先2年先よりも、何十年も先っていう長期スパンで残すことを考えてやるべき仕事だったと思います。

――旧版との違いはどういう所でしょうか。

S:旧版に古い言葉が残っているんですが、それは実際に生で実演するときには外しておられる言葉なんですね。でも本のなかでは本の特性を活かして残していた。ただ、一発で録音したものを速記で起こしているから言い間違いもあるし、速記をした人が字を間違ってることもある。それを直していくわけですけれども、今回は『日本国語大辞典』や百科事典から方言辞典とか、落語・芸能関係の専門書まで揃えてたし、ジャパンナレッジっていうネット辞典で即調べられたり、図書館の蔵書をすぐに調べられたり、そういう環境が整っていたから、33年前の全集のときよりブラッシュアップできたんだと思います。それから米朝師匠のお弟子さんたちがいらっしゃったから、演者側からの意見をたくさん聞けました。また、ちょうど米朝師匠のおうちの資料を整理しておられる人がいて、いろんな資料を見せてもらうことができたんですね。そういうことが33年前と違ってすごくよかったことですし、こういう同じ状況が揃うのは、たぶんもうないだろうと思う。

――いろんな条件が重なって、今だからこそできた本ということですね。特にこの「第八巻」をこだわりの一冊に選ばれたポイントを教えていただけますか。

S:第八巻で何がいいかっていうとね、今回初めて入れる米朝師匠の資料がたくさん入っているんです。で、私の一押しとしては「病床日記」というのがあります。これは、昭和20年に米朝師匠が19歳で兵隊にとられたけれども、腎臓を患って実戦に出ないまま半年間入院していたときの日記です。兵隊にとられて病気になって青春時代の楽しみを奪われて、さらに友達は戦地にやられて亡くなったりしているのに自分は何もできない。しまいにはおうちも焼けてしまう。そのなかで自分は何をしていかなくちゃならないかとか、何を守らなくちゃいけないかというのを、すごく考えるんです。戦記文学というか青春文学としても、すごく面白かったし、このときの切迫感とか、葛藤とか絶望とか、そういうのがあるからこそ、これだけ頑張られたんやろなあって思う。だからこそ、米朝師匠がこうやって守ってこられたものを次に渡すお手伝いができてよかったなあって思いました。

――「病床日記」ぜひ読んでみたいと思います。話は変わりますが、落語を聴きながら編集をしていて、つい笑ってしまうことはありましたか。

S:うーん……何べんも同じもん読んでるからねえ。ただ何べんも笑ってしまうのもある。くだらなければくだらないほど……(笑)。

M:あるよね。疲れてるときってくだらない駄洒落で意外とツボつかれて笑ってしまう。なんか膝の後ろカクンってやられるような感じでね(笑)。

――なるほど(笑)。では、最後に読者の方へ一言いただけますか。

M:活字で読む落語の楽しさをぜひとも味わってほしいと思いますね。米朝師匠はもう現役の落語家じゃないから、高座が見られないんですよ。DVDとかCDも出てるけど、活字から違う世界を想像する楽しみを見つけていただきたいと思います。昔の大阪の生活ぶりなんかも想像できるし、博物館なんかで見るよりも、すごく情景が浮かんでくるんですよ。博物館に置いてあるのって何かきれいでしょう。でもほんとはもっと物が置いてあって、とっ散らかってて、土間なんか汚かったやろうし。必ずかまどで火を炊いてる臭いがしてるやろうし、当然扇風機も換気扇もないから暑いんやろうなあ、でも周りに高い建物がないから風抜けたんやろうな、とかね、そんなことも落語を読むとよく分かるんですよ。

――史料的な価値もあるんですね。

M:すごくあります。それが将来にわたっては一番大きい。今現実に、江戸から明治や大正時代の落語や大衆文学は、国文学者ないしは民俗学者の大きな研究資料になっているから。

――どんな大阪ことばが使われているかにも注目して読みたいです。

M:ほんまに、100語や200語じゃ済まへんくらい語彙が増えました。

S:ちょっと使ってみたりね。

M:そう使ってみたりして。「底抜ける」っていうのを強調して「ぞこ抜ける」って言ったり、よく濁点がついたりしますね。「悪い」のさらにもっと悪いのを「わるわるい」とかね。そういうのは現代人、我々の語彙にはないよね。「でけどこない(できそこない)」とか、どもってくるのね、河内弁的に。「けつねうろん(きつねうどん)」とか。

S:マイナスの言葉っていうのは山ほどあって、ほめる言葉はないんかなって思いながら(笑)。

M:最高のけなし言葉はやっぱり「どついても音のせんやつ」。もう頭からっぽすぎて……(笑)。これは落語の世界にしか出てこない言葉ですよ。落語家さんはみんな知ってる言葉ですけど。擬音語とかも揃ってるんですよ。「しゃいしゃい」とかわかる?

――「しゃいしゃい」?

S:「しっしっ」ていうこと。動物とか人を追い払う時の。

――へえー!

M:第八巻にまとめた索引には、そういう擬音語も載せましたから、ぜひとも楽しんでいただきたいです。

――索引を眺めているだけでも楽しめそうですね。貴重なお話をありがとうございました。


いかがでしたでしょうか。
落語ファンの方も、そうでない方も、「活字で読む落語の楽しさ」をぜひ発見していただきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




さて、当ブログの更新も、今回でひとまず終了となります。
初めての更新から短いようで長かった3ヵ月、お付き合いただいた読書の皆様、本当にありがとうございます。
どうぞこれからも、大阪の出版社、創元社をよろしくお願い申し上げます。



0 件のコメント:

コメントを投稿